効果が実証されない検診はやめるべきか

Asahi.com に興味深いニュースが掲載されていた。検診の効果に疑問が出されていた30歳代の乳がん検診を廃止することになったのだが、強硬な反対意見もあったようだ。

「30代の乳がん検診廃止 視触診単独「意味ない」と判断 」
http://www.asahi.com/health/medical/TKY200403120200.html

この日の検討会では、乳腺外科医の委員らから「30代の検診は廃止すべきだ」との意見が出た。これに対して、日本医師会の委員が「受診率を上げることが先決だ」「視触診が無効であるという証拠もない」などと継続を主張、激しい応酬があった。最終的には座長のとりまとめで廃止が決まった。

乳がん検診は、乳房X線撮影の装置もなく、乳がん専門の訓練も受けていない開業医が指定医となり視触診を行い、乳がんを見落とす問題が指摘されてきた。

技術倫理勉強中の学生的観点から医師会の委員が主張したと伝えられている以下の二点を検証してみたい。

「受診率を上げることが先決だ」
「視触診が無効であるという証拠もない」

検診を行うことが政策上「善」であるかどうかは、いくつかの条件が必要であると考えられる。功利主義的に考えるのが分かりやすいと私は思っているので、その観点から条件を述べる。

  1. 検診を行うことによって、病気であるかどうかの診断ができることが期待できる。
  2. その病気は早期に発見すれば、低いコストで治療が可能である。
  3. 低いコストでというのは、社会的にも検診を受ける個人にとっても、という意味である。

これらの条件をみたす検診であれば、検診のコストと早期発見によるコスト削減分を比較して困難でない検診なら実施することが社会全体の利益が増進されるとみなされるので、善なる政策であると考えてよいだろう。

「視触診が無効であるという証拠もない」が視触診による乳がん検診を実施するために妥当な主張かを先に考える。この主張には隠されたもう一つの命題「視触診が有効であるという証拠もない」があると見てよい。この裏命題が誤りであるなら、有効である証拠を提示して効果的な反論が可能であるはずだが、どうやらそのような証拠はなさそうである。

そうなると検診によって診断ができることは「期待できない」ことになる。医師会の委員もそこは認めていると考えられる。*1

「受診率を上げることが先決だ」についてはどうだろうか。先決というからには何かに優先して受診率を上げるべきであるという主張が含まれているのだろう。主張が支離滅裂なので何に優先するのか分かりづらいが、問題になっている年代の受診を続けさせることで受診率が上がるということだろう。

では、受診率を上げることによって社会的な利益は増進されるのだろうか。これはそんなに明らかなことでもないように思われる。受診と早期の治療に効果があるのであれば、受診率の増加はがんの発見の実数を増加させる。がんと診断された人の一定の割合が早期治療を受けて治癒するのであれば社会的な利益は増加したとみなせる。

しかし、ここで議論になっている30代女性に対する乳がんの視触診は単独での効果を示す証拠がない(発見に役立たない)と言われているものである。効果のない検診の受診率を上げてもがんの発見には寄与しない。当然社会の利益にもならないであろう。*2

そのようなわけで、この政策決定における医師会委員の主張には妥当性はないと考える。倫理的にもこの委員は誤った態度をとったと思う。

asahi.com 乳がん特集

http://www.asahi.com/health/cancer/index.html

*1:これでも「診断ができないと決まったわけではない」的な論調が出てくるだけかもしれない。どう考えてもヤクザの詭弁にしか思えないが。

*2:検診でがんを見落とすことにより生じる取り返しのつかない被害を防ぐことより、受診率向上が優先される社会的利益はないだろう。2004/3/22追記