遺伝子診断と生命保険

遺伝子診断の倫理問題にはいろいろあるが、保険加入における問題がその一つとして挙げられる。私の認識では保険加入にまつわる問題は2点ある。

  1. 保険会社が遺伝子診断を行うことにより、発症リスクの高い人の保険加入を拒否したりするかもしれない。
  2. 発症リスクの高い人が、その遺伝子診断結果を隠匿することにより保険金を得ようとする行為があるかもしれない。

将来起こるかどうかが不確実なことや確実に起こるけどいつ来るかはわからないこと(リスク)にたいして、保険というシステムが成立する。保険金支払い額が計算できてしまう人に対しては、生命保険に入ってもらうことはできないか、それに見合う非常に高い掛け金になってしまうだろう。いずれにせよ遺伝子診断の結果「死ぬリスクが高い」ということをその人に突きつけることになる。しかも喫煙習慣とちがって遺伝子の内容に本人は責任がない。また、遺伝子診断は希望しない自由もあると考えられる。本人が希望しないのであれば保険会社は無断で遺伝子診断をできないとすべきだろう。
しかしそういうルールのもとでは、遺伝子診断の結果を保険会社が利用できないことを悪用する人が現れるかもしれない。自分自身が重大な遺伝子起源の疾患を起こす恐れがあることを隠して高額の保険金が支払われる生命保険に入ることもできる。生命保険会社はこれに対抗するために加入時の告知義務違反を問うことになるだろう。重大な疾病を知っていて隠していたので保険金は払いません、というわけだ。でも遺伝子診断の結果問題となる遺伝子を保有していることがわかったところで、それ自体が病気というわけではない。
保険会社は遺伝子だろうと何だろうと死亡リスクの計算に役立つものは何でも取り入れる方向で行動することは間違いない。そうでないと保険会社側の情報が相対的に劣化してしまい生命保険のシステムは成り立たないためだ。生命保険というシステムを維持するのであれば、保険会社側と加入者側双方が持っている情報が等しい必要がある。でも、遺伝子情報についてこれを実現するのは困難ではないだろうか?
保険加入における差別問題の最近の例として、郵政事業庁が新生児マススクリーニングで先天性疾患と判断された子の学資保険加入を一律拒否していたというケース(2002年)がある。この疾患では適切に処置することで発症を抑えることができることがわかっているので、疾患に関する適切な知識が事業者になかったことが差別の原因であった。現在はこの取扱は改善されている。遺伝子診断により同様な事態が起こることは当然ありえるだろう。だからといって遺伝子診断自体を止めるべきかというとそうはならないだろう。2003/11/28追記